12月6日(土)9:30~11:00(90分). 3年間近く講師として参加していた、クリニカル・ゲノム・インフォマティクス人材養成の最後の講義です。
定量生物学 ~生命現象の定量的理解に向けて~
近年の分子生物学の発展により、細胞現象を担う構成要素(遺伝子・タンパク質など)の情報が急速に明らかにされてきた。そして、分子生物学における象徴的対象であったすべての遺伝情報の解読(ゲノムプロジェクト)が達成され、分子生物学的な方法論のゴールが現実的なものになると、新しい生命科学の方向性を模索する試み、いわゆるシステムバイオロジーが今世紀初頭より立ち上がってきた。
システムバイオロジーは「生命をシステムとして理解する」という茫漠とした標語がトップダウン的に提唱され、数学やシミュレーションを使った生物学、というようなイメージも一般にはびこっているが、おそらくその活動の本質は「分子生物学以外の方法論を模索する試み」であると考えられる。そして最近、国内外の生物・物理・情報・数学の研究者による紆余曲折・試行錯誤の結果、分子生物学的な方法論を補完する新しい生命科学の1つの方向性は「定量的なデータに基づいた生命科学である」という共通認識がボトムアップに立ちあがってきている。本発表ではまずこの定量的な生物学の台頭について簡単に触れた後、定量的な生命科学の具体的な例として、我々の行った慨日リズムの光応答性の研究と、ヨーロッパのグループが行った細胞の分裂軸方向決定の研究を紹介する。
慨日リズムは我々の体内にある24時間の時刻を刻む時計である。この時計は外界の周期的な光環境に適応して自身の時刻を調節するという機能がある。しかし、真夜中付近にちょうどよい強度の光を当てると、この時計の適応能力が破たんして時計が止まってしまう、Singularity現象というふるまいを示すことが知られている。我々はこのSingularity現象の背後にあるメカニズムを明らかにするため、光受容体を使った定量的な摂動システムと工学システムを使った定量的な測定システムを組み合わせて、光応答現象の特性を定量的に特徴化した。そして、この定量的なデータと数理的な手法を組み合わせることにより、個体・細胞集団レベルでのSingularity現象の背後に1細胞レベルでの時計細胞の脱同調、という機構が存在することを示すことに成功した。この慨日リズムの研究と同様に分裂軸方向決定の研究においては、Micro-patterningの技法を利用した細胞外情報の定量的な摂動および分裂方向の測定システムを用い、Hela細胞の分裂軸がどのように足場の形状に依存しているか?を定量的に明らかにしている。そして、分裂軸決定にかかわる既存の分子生物学的な知見をもとにしたモデルを数理モデル化し、その結果を定量データと比較することにより、分裂軸決定の背後にある機構をあぶりだしている。この2つの例は、定量的なアプローチがどのような形で、分子生物学的な方法論で明らかになる知見を補完しうるのか?ということを示す好例である。
このような定量生物学の研究は、生命科学、生物物理、生命情報学、理論生物学などの基礎分野でも、走り出したばかりの未成熟な研究であり、その研究の進展状況は未だ医療などの応用へ直接的に結びつく段階ではない。しかし、このような基礎研究でクローズアップされている事例を基礎的な知識としておさえておくことは、バイオシミュレーションを利用した応用においても有益であると考えられる。本発表では、簡単にではあるが今後の定量生物学の展望についても議論したい。
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