概要:柔軟かつ適応的に機能する生体システムの原理を捉える数理理論

我々は生体システムが柔軟かつ適応的に機能できるその原理に興味を持っています。 特に確率的素子から安定で柔軟なシステムを作るロジックや、進化や情報処理を通してシステムが適応するプロセスなどを明らかにしたいと思っています。 そのためには定量的なデータに基づく実験が必要ですが、同時に仕組みの本質を表現する数理理論も不可欠です。 この2つは両輪としての役割を持ち、実験が無ければ理論は立てられませんが、理論が無ければどんな実験を構築してどんな量に注目すればいいのかもわかりません。 我々は実験系ではないので、問題の原理を捉える理論的な枠組みやその応用の研究を精力的に進めています。 具体的な内容については以下を参照してください。

動的な情報・統計理論の構築

確率的素子から安定で柔軟なシステムを作るロジックを明らかにする上で現在取り組んでいることが、 統計学・情報理論などの枠組みを力学系的な枠組みとを融合することです(確率的細胞システムにおけるベイズ情報処理、生物物理、2012)。 特に、細胞が積極的に環境の情報を取り込み処理する動的な情報処理と、他の細胞との競合や選択によって受動的に生じる情報処理を統一的に考える理論に興味を持っています。

統計・情報理論と力学系理論とを融合する

統計学はノイズからの情報抽出、情報理論はノイズ環境下での効果的な通信や情報処理を数理的に扱う為に発展した非常に強力な枠組みです。 細胞レベルで行われている確率的情報処理のどのような部分が非常に良く出来ているのか?、またどれくらい良く出来ているのか?、そしてどんな定量的な特性や統計量に注目すれば良いのか?、などを数理的に理解するためにこれらの理論は、大きな役割を担うと考えています。 しかし問題は、その理論が連続的な時間構造を含まない静的な状況において主に発展してきた、ということです(最近はオンライン化などの話も盛んなようですが)。

すべての生命現象は動的であり、細胞内でおこる様々な動的な化学反応は力学系の枠組みで表されます。 また情報処理に必要な様々な振る舞い(例えば振動や記憶性を持つ多安定状態など)もすべて化学反応などが作る動的構造です。 したがって、ある種の情報処理とそれを実現する力学系というものを対応付けなければ、生体システムの情報処理とその分子的実体を対応付けて理解することはできません。そこで主に静的な統計学・情報理論を力学系理論と融合した動的な情報・統計理論の構築が必要になります。

細胞内反応とベイズ的情報処理

そのような問題意識から、ベイズ的情報処理と細胞内の動的化学反応の対応を明らかにしたのがKobayashi,PLR, 2010の論文です。 ここでは、逐次ベイズ理論を応用して非常に単純な非線形化学反応系などが、レセプターなどの確率的反応から背後の環境の変化を安定に同定することに寄与しうることを理論的に示しました。またさらに、細胞極性や分化など異なるダイナミクスが同じようなベイズ的情報処理を実現できることも2011年の論文で示しています。

ベイズ的情報処理に内在する確率的分岐現象

さらに、そこで導かれた非線形反応系は、ノイズ励起現象という確率的力学系の分岐現象(正確には分岐もどきの現象)とも関連することがわかりました(Kobayashi, PRL, 2011)。

センシングによる能動的情報処理と進化による受動的な情報処理の融合

多くの細胞は積極的に環境の情報をセンシングし、自己の応答を変化させますが、必ずしもそのような能動的な情報処理だけが生命現象を支えているわけではありません。 例えば、ランダムに細胞が状態を変化させることによって、予測できない環境変動に備える両賭戦略は、生物の増殖する、という特性を利用した受動的な情報処理と見ませます。 センシングによる動的な情報処理と、選択による受動的な情報処理、この2つの本質的な差や相補関係を理解することは、生命の適応を包括的に理解する上で不可欠です。 我々はそのような理論の開発を現在進めています(Sughiyama et al. 2015, Phys. Rev. E, Kobayashi and Sughiyama, 2015, Phys. Rev. Lett.)。

異なる理論分野にまたがって生物の問題を考える

機械学習や強化学習、フィルター理論、実験計画などなど、動的構造を含んだ情報・統計理論はこれまでにも存在しますが、 例えば分岐や相転移などの力学系の理解から自然と出てくる概念と強く結びついたものは体系的には存在しません。 他方で生命現象においては、ある種のヒステリシスや振動など分岐現象を介して現れた動的構造は多数見られます。 したがってこれらの(非線形な)動的構造がいかに情報処理と関わっているか?は(厳密な数理として)ほとんど手が付けられていない問題だと思っています。 また動的構造は考慮してませんが、統計などの理論は例えばタンパク質の構造変化を誘導する変異などをゆらぎから予測することなどにも活用できることを過去の研究で示してきました(Koyama, Kobayashi et al, PRE, 2008 & Koyama, Kobayashi et al, PRE, 2011) 我々は、生命科学への応用という視点から、異なる理論分野にまたがる分野横断的な理論を発展させてゆくことを進めています。

Pathレベルの特性に注目した力学系・確率過程・進化の理論

力学系や確率過程の観点から、生体システムは様々な変動などに対して柔軟かつ適応的に振る舞える、という特性を捉えるためにはPath(時系列)レベルでの理論が大事だと思っています。

Pathレベルでの理論とは

大学の修士程度までに触れる力学系理論や確率過程理論では主にシステム状態xの各時刻における状態x(t)やその分布p(t,x)の時間発展を考えます。 これはある時刻でのシステムの状態の変化を記述しているという点でState(状態)レベルでのシステムの理解であり、一般に問題を有限次元空間で考えるアプローチです。 一方、例えばx(t)の時刻0からtまでのpath(時系列)x(0:t)を考えたり、確率過程であればその分布p(x(0:t))を考えることもできます。pathという関数空間上の対象を考えているという意味で、問題を無限次元空間で考えており、時系列で考えていることからシステムの過程(process)を全体として捉えています。 このpath空間上で高い確率もしくはほぼ確実に成り立つ特性や、pathの汎関数の統計的性質などに着眼することで、 有限状態に着眼した理論では捉えきれない生体システムの性質がとらえられます。 特にPathレベルでの表現を用いることにより、進化的な適応と情報に基づく予測的な適応を統合できることを示しました(Kobayashi and Sughiyama, 2015, Phys. Rev. Lett.)。

様々な数理理論との関連

ちなみにpathレベルでの理解というのは、確率過程の数学としては特段新しくはない、というか基本でありますが、化学反応論や理論生物学ではそこまで取り入れられていません。エルゴード理論やランダム力学系の理論などとも関連して数理的に取っ付きにくいというのも要因だと思います。 物理の方面で見ると、経路積分表現などはまさにpathレベルでシステムを見るアプローチで、最近は化学反応系の解析に経路積分を応用する研究も多々見受けられます。 実際に、進化の過程をこのようなpathレベルで見ることによって、非常に問題の構造が見通しが良くなることや、例えば大偏差理論や各種経路積分を使った量子力学の手法、定常状態熱力学などとの接点が得られます(Sughiyama et al. 2015, Phys. Rev. E)。 さらに情報処理・統計という意味で言えば、フィルター理論などはpathレベルでの理解がとても重要であり、動的な情報・統計理論の構築にも不可欠なものであると思っています。

「情報」という量に注目した理論

さらに我々の理論は定量的な生命研究とも強く関連します。というかそこから強いモチベーションを得ています。 現在定量的な生命科学研究が直面している課題の一つが「定量的な解析で初めてわかる問題は何か?」ということを明らかにすることです。 我々はその一つが「情報」とそれにまつわる問題だと思っています。

様々な生体情報処理を共通して捉える「量」としての情報

物理的な現象と異なり生物がほかの生物との競争に打ち勝ってゆくためには自身が得られる情報を最大限利用することは不可欠で、したがって様々な現象を統一的に捉える「量」としての役割を担いうると考えられます。 ただこの情報というものは非常に曖昧で、ある種の定量化と数理的な解析を介してのみその意味が明らかになります。したがってそれをうまく処理するための数理的枠組みが構築されなければ、実験的に適切に扱われません。 細胞にとっての「情報とはなにか?」、「それをいかに定性的にとらえるか?」、さらには「それをいかにして定量的に評価するか?」を扱うための数理的方法論の確立が大事だと思っています。 特に細胞にとっての情報とは、進化過程において何らか貢献しうる情報であるべきであり、我々はこの観点から進化過程を受動的な情報処理として扱う理論を構築しています。 動的な情報・統計理論はこのような問題を扱う数理的基盤になりますし、pathレベルでの理論は、近年のバイオイメージングによって得られる1細胞レベルでの細胞動態のデータを最大限活用する数理的な方法を導いてくれます。 我々はこれらの理論を実験と融合させ更に発展させてゆくことを目指しています。

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